能の弓矢(降魔・随身・武具・狩)

能の弓矢(降魔・随身・武具・狩)

観世流現行曲の中で、弓矢が舞台上に出るのは13曲。軍体の曲に多いかと思いきや、源平の霊が弓矢を持って現れることはありません。神能「金札」を除けば、弓矢を舞台に見ることができるのは現在物の曲だけです。おそらく、弓矢は舞の動きを制限してしまい、見栄えも損ねてしまうだろうと想像されます。それにも関わらず、13曲で弓矢を持つ人物が現れるのは、重要な意味が演技の面、扮装の面においてあるからでしょう。以下、13曲での使われ方を降魔、随身、武具、狩の4つの要素に注目して見ていきます。

降魔 随身 武具
金札
住吉詣
忠信
木曽
放下僧
七騎落
錦戸
禅師曽我
花月
夜討曽我
小袖曽我
雲雀山
紅葉狩

金札

演技: 降魔
舞台効果: 武具

「金札」の弓矢は降魔泰平成就の二つのモチーフを含んでいます。後シテ天太玉命は降魔の弓で「悪魔を払い清めをなす」ことでその神徳を現します。本舞台から橋がかりへ矢を放ち、さらに舞働を舞うのです。それから、最早「東夷西戎北狄の恐れ」はないとのことで「弓を外し剣を納め」て泰平成就を祝福します。
後半の泰平成就のモチーフは「弓八幡」を思わせます。ここでもやはり、それは武力による平和の招来を前提としています。この曲と同様に、「弓八幡」の後シテの謡にも「真如実相の槻弓」とあり、「弓箭を以て国を治め」られたことが述べられます。
とはいえ、降魔の表現が舞台上に弓矢を要求するわけではありません。シテが矢を放ち、舞働をすることで降魔の神徳を現すことに「金札」の前半の舞と所作の中心があります。「金札」の前半(舞働まで)は降魔の働であり、後半(舞働以降)は泰平成就の舞であるといってよいでしょう。「弓八幡」では、降魔の弓は支配的なモチーフではありません。前場で既にシテが弓矢を袋に入れて現れ、「弓箭を以て国を治め」、平和が招かれたことが讃えられています。話題は「金札」の終曲後の状態にあるのです。「弓箭を以て国を治め」ることの謂れの語りは八幡神の讃美に接続され、前場の終わりと後場では国土守護のモチーフが中心になっていきます。
シテは舞台上で武具としての「弓を外し」、泰平成就を宣言します。ただ、弓の武具としての性格はこの所作において象徴的に現れているにすぎないと思われます。なぜなら、それは武力による平和の招来を前提としているからです。降魔の弓によるその想起がなければ、この所作は意味をなさないでしょう。

住吉詣

扮装: 随身

「住吉詣」では、子方の童随身が弓矢を持っています。大人の随身の弓矢は武具かもしれませんが、童随身の弓矢に敵を射ることが期待されているとは思えません。随身の服装として、童随身は弓矢を持っていると考えるべきでしょう。もちろん、源氏が襲われるわけではなく、矢が放たれることはありません。

忠信

演技: 武具

「忠信」では、実際に舞台上で矢が放たれるわけではありませんが、シテがそれを真似た所作をして、数人が討たれます。高櫓に見立てた一畳台に上り、弓に矢をつがえるのです。これは後に斬組が続く戦闘の場面の幕開けであり、武具としての弓矢の性格を鮮やかに表現しています。

木曽

舞台効果: 武具

「木曽」にも武具としての弓矢が登場しますが、矢が放たれるわけではありません。倶利伽羅峠の戦いの直前、義仲(ツレ)覚明(シテ)に八幡宮への願書を書かせます。そして、書いた願書を覚明が読み上げると、義仲は箙から鏑矢(上差し)を抜いて渡し、願書とともに内陣に納めるように命じるのです。『平家物語』巻七・願書(木曽願書)では13人が鏑矢を奉納しますが、能「木曽」では、義仲だけが願書に添えます。これは放たれる矢を連想させ、扮装としての弓矢に武具としての性格を強く付与していると思われます。

放下僧

演技: 武具
舞台効果: 降魔
扮装: 降魔

「放下僧」では、ツレが親の仇に矢を放とうとします。シテが割って入ることで矢は放たれずに済みますが、これは鬼気迫る所作であり、武具としての弓矢の性格を力強く表しています。ただ、この曲には芸の見せかけと本意があり、兄弟にとってはそれらが逆さまであることに注意しなければなりません。芸においては、日月を象る真如の弓→愛染明王の方便の弓→放下の引かぬ弓という連想による語りが本意、武具として矢をつがえて相手を射るのが見せかけです。本意の語りそのものは舞台上に弓矢を要求しませんが、見せかけの殺意には弓矢が必要です。ところが、仇討ちを目指す兄弟にとっては、殺意こそが本意、弓矢の語りは武具の所持を正当化し、殺しの機会を窺うための手段なのです。この仕掛けはまた、扮装がいつ殺しの道具になるか分からない緊張感を観客にもたらすものでもあります。
愛染明王の方便の弓が降魔の弓であるということは、「放下僧」だけでなく、「熊坂」でも説かれています。

七騎落

舞台効果: 武具
扮装: 武具

「七騎落」では、頼朝(ツレ)和田義盛(ワキ)が弓矢を持っています。どちらも袷法被の甲冑姿です。「木曽」の義仲とは違って、頼朝が矢を舞台上で使うことはありません。ここでは、和田義盛の弓矢が武具として象徴的に使われます。頼朝は船にいないとの言葉を聞くと、和田義盛は弓矢を外して自害しようと腰の刀に手を伸ばすのです。これは「金札」の舞働後の場面と同じく、臨戦態勢をとく所作でもありますが、状況は異なります。泰平ではなく、自害が宣言されます。

錦戸

扮装: 武具

 「錦戸」では、後場でツレと立衆を後ろに従えた錦戸太郎(ワキ)が弓矢を持ちます。シテが臨戦態勢になると錦戸は立衆たちの後ろ、幕前まで下がってしまい、終曲まで斬組に参加しません。したがって、矢は舞台上で放たれず、武具として扮装の一つに収まっています。2014年と2017年の国立能楽堂の宝生流の公演では、ワキは弓矢の代わりに長刀を持ったそうです。舞台上に長刀が複数あるのを嫌って、弓矢を持たせることがあるということなのでしょうか。

禅師曽我

扮装: 武具

 「禅師曽我」でも、後場でツレと立衆を後ろに従えた伊東祐宗(ツレ)が弓矢を持ちます。シテが臨戦態勢になると祐宗は立衆たちの後ろ、幕前まで下がってしまい、終曲まで斬組に参加しません。したがって、矢は舞台上で放たれず、武具として扮装の一つに収まっています。こちらも、どうやら宝生流では、祐宗は弓矢の代わりに長刀を持つそうです。

花月

演技: 狩

「花月」には唯一、弓矢による狩の演技があり、弓ノ段と呼ばれています。伝説的な中国の弓の達人、養由記を引き合いに出し、花月(シテ)は十分に勿体をつけて鶯を射る素振りを見せます。弓に矢をつがえ、体を傾けてまさに射る直前。しかし、結局はそこで俄に殺生戒を口にし、常座で弓を叩きつけるようにして捨ててしまいます。この捨て方は「七騎落」の和田義盛の捨て方と同じです。ただ、状況は全く異なります。
弓矢は狩装束の一つと考えられますが、花月は喝食の少年芸能者です。殺生戒を口にしているように、狩をするような人物ではありません。ここでの弓矢は扮装の一部として現れているわけではないのです。花月は最初から弓矢を手に登場し、恋の小歌でアイと並んで舞台を廻る時にも、左手に矢、右手に弓があります。もし、扮装として弓矢があるなら、花月はおっかない少年です。やじりをアイの肩にあてて歩いているのですから。ところが、不思議と花月の姿は異様に見えません。弓矢は案外、芸能者に似合いのものなのかもしれません。

夜討曽我

扮装: 狩

 富士の御狩の最中の能、「夜討曽我」では曽我兄弟が弓矢を手に登場します。ただ、着きゼリフが終わると弓矢は後見の手に移ります。富士の裾野に着いた兄弟は狩に参加するのではなく、仇を討つのです。場面は鹿狩ではありません。

小袖曽我

扮装: 狩

 「小袖曽我」で曽我兄弟は、富士の裾野に向かう前に母のいる館を訪れます。ここでも、兄弟は弓矢を手に登場しますが、館に着くと後見に渡してしまいます。臨戦態勢で館に上がるわけにはいかないのです。

雲雀山

扮装: 狩
舞台効果: 狩

 「雲雀山」では、右大臣豊成(ワキ)鷹狩のため、弓矢を手に登場します。「ほう鷹」という言葉が印象的な間狂言も鷹狩の一部です。ただ、この曲でも鷹狩そのものは行われません。弓矢はたちまち、右大臣の手からなくなり、花売りの乳母との問答が始まります。狩装束をといたわけではありませんが、今まさに狩をしようという場面ではないから、弓矢を外すのです。

紅葉狩

扮装: 狩
舞台効果: 狩

 「紅葉狩」では、鹿狩の装い平維茂(ワキ)が弓矢を手に登場します。ここでも弓矢は維茂の手からすぐに消えてしまいますが、それはどこかに着いたからではありません。狩の場面はまだ続いています。弓矢を外すことには、「雲雀山」と同じ演出上の意味の他に、装束の思いもよらない象徴的な利用が秘められているのです。馬から降りて沓を脱ぐ、という謡とともに、ワキは弓矢を外します。ここで弓矢は臨戦態勢をあらわすとともに、その態勢における装束の一部もあらわしているのでしょう。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です